親が創価学会の子どもの末路

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こんにちは!

杉浦ケイです。今回は、「親が創価学会の子どもの末路」というテーマでお送りしたいと思います。

補足:↑まず、この画像の物品達は、この度破棄予定の物です。私は創価学会員ではありませんww

で、タイトルでお察しの通り、私は親が創価学会員なんですね。だからと言って必ずしも子どもも創価学会員であるとは限りませんので、そこのところはぜひ認識しておいてもらいたいんですね。

創価学会とは?

そもそも、創価学会、と言っても何をしている団体なのかよくわからない、どういう集まりなの?学会って言うから教育団体なの?なんとなく宗教団体って言うイメージはあるけど実態は不明っていう方も多いかと思います。

はい、私も創価学会員の子どもです(私自身は学会員ではありません!現在全然信仰していません。)が、実態はよくわかっていません。

ざっと概要がWikipediaに記載されていたので引用させていただきます。

創価学会(そうかがっかい)は、日本の宗教法人である。(中略)国内に公称827万世帯を擁する。1930年(昭和5年)に創立。(中略)創価学会は価値の中心に「生命の尊厳」の確立を置き、それに基づいた「万人の幸福」と「世界の平和」の実現を目標としている。『聖教新聞』(日刊)、(中略)『大白蓮華』(月刊)などの機関紙誌を発行。1964年(昭和39年)に結党された日本初の宗教政党公明党の支持団体である。

引用:wikipediaより

国内に827万世帯となると、1世帯3〜4人と仮定したら日本の3分の1くらいの人が何かしら創価学会に縁があると考えて良いのではないでしょうか。

皆さんの周りにも言わないだけでたくさん創価学会に縁がある方多いと思いますよ。

創価学会員あるある

以下は私が学会員の子どもとしてあるあるだなーと思うことを自分なりに並べてみました。

  • 一般紙と聖教新聞を取っている
  • 大白蓮華(月刊紙)を愛読
  • 人にもよるが厄年や厄払いの概念があまりピンとこない
  • 新年は神社に初詣ではなく近所の創価学会の会館で開催される新年勤行会に行く
  • 選挙の時は公明党に入れて欲しいと地元の同級生や元担任の先生に頼みに回る
  • 創価学会員の芸能人やスポーツ選手を贔屓目に見てしまう

主なものは上記の感じでしょうか。
あ、しつこいようですが、私自身は今は学会員ではないですよ!

ですが、どこかの芸能人やスポーツ選手が創価学会員だと聞くと、「この人も…」と共通の何かを感じでしまうのは否めない自分もいます。正直。

公明党の母体となる団体

自民党とタッグを組んで自公連立政権になっている公明党。公明党の支持団体は創価学会です。選挙の時に創価学会は公明党の投票数に影響力を発します。

創価学会の人達がかつての旧友や担任の先生、最近知り合った人、手当たり次第(まぁこれは人によるのですが)公明党所属の議員に票を入れてくれと頼みに来る、これは選挙の時によくある光景ではないでしょうか。

創価学会員夫婦の子どもとして生まれるとどうなるか

私は創価学会員の子ども

かく言う私も、親が創価学会員です。だから、この世に生を受けた瞬間には創価学会員だった、と言う事になります。だからごく当たり前に朝の勤行、夜の勤行の習慣も受け入れていました。

特に幼い頃の子どもにとって親の影響力って絶大なんですよね。親が白い物を「これは黒いんだ」と言うと「黒いのかな」と信じ込んでしまうくらいの影響力があるんです。

あ、しつこいようですが、私は今は創価学会員ではありませんからね!

創価学会員の子ども同士のつながり

近所の子どもの親同士が創価学会員だったりって事も結構あって、そんな母親同士が今で言うママ友会@創価verって感じで誰かの家でお茶を飲んでダベるって事も結構ありました。そんな会に私も幼い頃、母親に連れられてノコノコついて行った事もありました。

私の肌感覚ですが、創価verのママ友会って結構内容が深いんですよね。

誰それのお母さんの病気が…とか、誰々の旦那さんの借金が…とか、どこそこの息子さんの家庭内暴力が…とか。きっと普通のママ友会では話せない内容を同じ信仰をする者同士で共有していたんじゃないかなと推測します。

未来部の合唱団に入る、勤行をすると親に褒められる

小学校3年くらいになると、近所の学会員の幼なじみと学会の合唱団に入ったりしました。歌の練習の前に勤行をする。これが言わばお決まりの習慣です。

家でも勤行や創価学会の活動(聖教新聞や大白蓮華を読む)をすると親に褒められるので、信仰をしたらいい事があると、頭にどんどんすり込まれます。

創価学会をやめる宣言をしたらどうなるか

反抗期?で創価学会をやめる宣言をする

私が中学生くらいの時に、反抗期で自我が芽生え始め、創価学会一辺倒な両親の考えに疑念の念を抱くようになり、「これからは学会活動をしない」宣言をしました。

親から「信心なしでは不幸になる」と呪いをかけられる

しかし、両親(特に父親)からは「この信心は絶対なんや」とか言われるわけです。

母親からも、「あんたもいつか分かるはずや、あんたも将来、涙を流しながら御本尊に向かって題目をあげる日が来るはずや。」と、諭すように、知ったような事を言ってくるわけです。

何かこう、「信心なしではお前は不幸になる、もっと歳を重ねて、いつか悟り(?)を持ったら、涙を流しながら信心に励むようになる」と言い、

「信心に励まないお前は、未熟である、不幸になる、不完全な人間に成り下がる」と暗に示唆してくるわけです。

しかも、それを言ってくるのは自分の親。親というのはなんだかんだで子どもに取っては絶対的な存在なわけです。親に認められたい自分もいます。学会活動一辺倒な親への疑念と、親から認められたい自分の気持ちの狭間で、究極の消化不良を起こしていたのでした。

そんな消化不良の状態で、私は社会人になりました。大学の頃から一人暮らしを始めていましたが、時々実家に帰れば何かの拍子には「信心せえ」とか父親から言われていましたが、適当にあしらっていました。

ある程度年齢を重ねてくると、親が絶対的な存在ではなく、一人の人間に見えてくるんですよ。普通にその辺歩いているおっちゃんとおばちゃんみたいな。

その辺歩いているおっちゃんとおばちゃんに私は認められたいのか?て、ふと思ったんですよ。

そう思った私は、両親と人間として対等な付き合いをしようと本気で思ったのでした。だから、この両親に認められなくていい、両親に認められなくても私は私で、もうすでに完全なのだと。

自分の信じる道を行くべき!

実際、信仰をしなくても不幸にはなりません。だから、親が創価学会だという方で、「信心なしでは…不幸になるぞ!」と親や周りの人から呪いをかけられている人はどうか、そんな声は無視して、自分の信じる道を行ってください。

信教の自由は憲法で保証されている権利

さらに言うと、日本国憲法で「信教の自由」は定められています。

日本国憲法第20条
第1項
信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。
第2項
何人も、宗教上の行為、祝典、儀式又は行事に参加することを強制されない。
引用:Wikipedia

だから例え親が創価学会でも、あなた自身はそれに参加しなくてもいいのです。あなたはあなたの考えで、あなたの信じる道を生きて行けばいいのです。

まとめ

なかなか創価学会から抜けられないと思っている親が創価学会の人、学会の活動をやめる事になぜか罪悪感を持ってしまう親が創価学会の人。

そんなあなたも、大丈夫です。

創価学会をやめるかどうかは個人の自由です。

信教の自由は日本国憲法で定められているので、たとえ親であってもその権利をあなたから剥奪できるものではありません!

だから、創価学会の信仰なしであっても、あなたはあなたのままで完全な存在なんです。どうか、自信を持って未来を切り開いてください!

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