精神的幸福37位(ワースト2位)の日本の子どもたちに伝えたい事

こんにちは!ハタラクオンナです!

今回は、「精神的幸福37位(ワースト2位)の日本の子どもたちに伝えたい事」というテーマでお送りしたいと思います。

国連児童基金(ユニセフ)は3日、先進・新興国38カ国に住む子どもの幸福度を調査した報告書を公表、日本の子どもは生活満足度の低さ、自殺率の高さから「精神的な幸福度」が37位と最低レベルだった。
「身体的健康」では1位で、経済的にも比較的恵まれていたが、
学校のいじめや家庭内の不和などを理由に幸福を感じていない実態が明らかになった。

教育評論家の尾木直樹さんは、日本の学校現場を「いじめ地獄」と表現、偏差値偏重による受験競争過熱も相まって「子どもの自己肯定感が低く、幸福感が育たないのは必然的だ」と指摘した。
毎日新聞

私が思う、日本の子どもの生きづらさ・2つの壁

今も昔もなんですけど、子どもって大きく分けて2つの壁にぶち当たって悩んでるんじゃないかなって思うんですよね。

(壁1)示される模範解答人の壁

日本の教育は模範解答人を量産するシステム

よくも悪くも、日本の教育は万人受けする人材を量産するシステム。
いい大学に行って、大企業に就職して、上司の言う事をちゃんと聞く、常識がある歯車的サラリーマンを大量生産するシステム
これ別に、ディスっているわけではなくて、
このシステムは人生の選択肢を増やすためのベースを作るために必要不可欠だと思うんですよ。
子どもの知識レベルをある一定の人生のベースとなるレベルまでに引き上げるためにはある程度は必要なシステムだとは思う。
そのベースを以て、自分自身はどう生きていくかを考えるのが重要だとおもうんですけど、
でもいまだに、校則がキツイ学校が多いところを見てると、
大人が示すお手本的学生像(模範解答みたいな学生の在り方)示されてるところがあると思うんですよね。
日本て同調圧力はすごくきつくて、
そういう締め付けは特にきついんじゃないかなって推測してるんですよね。

模範解答から大きく外れる人間は問題視される

何かそういうお手本から大きく逸脱する、例えば、ADHD的な特性を持ってる学生とか、コミュニケーションが苦手な学生は、先生からも問題児扱いされたり、クラスメートから孤立したりいじめの標的になったりして生きづらいと思うんですよね。

(壁2)スクールカーストの壁

スクールカースト

中学時代が人生で一番キツイ。
中学時代って、女の子は大体生理が始まって、男の子は声変わりして、体つきも男女ともにある程度、出来上がってくるじゃないですか。で、すなわち、ある程度自分の容姿が固定化されてくる時期でもあるんですよね。身長とか、見た目とか、顔が美男美女なのか、そうじゃないのかとかね。
身長あって体格とかある程度良ければスポーツも有利だし、モテるし、
顔がある程度美男美女だったら、普通にモテるし、今とかやったら、SNSのフォロワーも増えるし、
生まれ以てコミュニケーション能力高かったら、モテるし…ってなるじゃないですか。
で、そういう中でなんとなーくスクールカーストみたいなんが出来てくるんですよね。
このカーストって、土台はやっぱり生まれ持ったポテンシャルとか、容姿とかでなんとなくできてしまうと思うんですよ。
1軍2軍3軍みたいなんで分けられて、スクールカーストの底辺は人権ない。
3軍が1軍とちょっと口きこうものなら、2軍から「お前調子乗んなよ」みたいな事言われるみたいな。言われなくてもそんなオーラというか目線で訴えられるみたいな。
これ別に、スクールカーストの上が良くて下がダメとかいう訳じゃないですからね。

壁に挟まれて苦しくなる

こういう、学校から押し付けられる模範解答のあり方の壁とスクールカーストの壁に押しつぶされて辛くなってる子って多いんじゃないかなーって思うんですよ。
学校では人を見かけで判断してはいけない、人を差別してはいけない、みんな平等とか教えてるけど、スクールカーストが自然発生するように、
そんなんきれいごとやんけってなんとなく気づくんですよね。

平等じゃない。だから「ルール」がいる

もちろんね、人間って生まれながらにして環境も違うし、持って生まれたものも全然違うし、それによって有利だったり不利だったりするから、ぶっちゃけ平等じゃないんですよ。
でもそれだったら、社会が成り立たなくなるんですよね。弱肉強食みたいな世の中になっちゃう。だからそうならないためにルールが必要だと思うんですよ。
で、このルールが、学校で教えているルール、みんな生まれながらにして平等っていう事だと思うんですよ。

生きる世界が限定的

同い年の男女が集まる状態で起こる事って、友達とかもできやすい反面、
同い年だから、あいつの方が勉強できるとか、男前やとか美人やとか、あいつの方が身長高いとか低いとか太ってるやせてるとか、友達多いとか少ないとか、比較してしまって劣等感を感じやすい環境でもあると思うんですよね。
で、家と学校の往復で経済力もないから、自分の生きる世界を変えることもできないから、辛い人はほんま辛いとおもうんですよ。
でもね、同じ地域に生まれた同い年の男女が同じ教室に詰め込まれて3年間かそこら過ごす時期って本当に学生時代だけなんですよ。
それだけは知っていてほしいと思うんですよね。

世界は広い

社会にでたら、会社とかはいったら、60近いおじいちゃんもいるし、40代の子持ちのおばちゃんもいるし、30代の独身の男性もいるし、20代の新人もいるし、年齢も境遇もバラバラなんですよ。
経済力もついてきたら、自分の生きる世界を変えるために引越しして、好きな場所で生きていこうって事だってできるしね、関わる人も選べるんですよ。

世の中にはいろんな価値観があって、学校では「苦手なことは克服しないといけない」って教えられるかもしれないんですけど、別の考え方をして、「好きなことをして生きて行って、苦手なことは負けるのわかってるから一切しない!」っていう生き方もあるんですよね。

でも子供のうちからそういう風にしちゃうと、自分が何が向いてて何が向いてないのか何も経験できなくなってしまうんで、学生時代は一通り全部学んで土台を作るくらいに思ってたらいいんじゃないかなって思うんですよね。

まとめ

今回の話は、中学時代の自分が目の前にいたら言いたいことっていう感じで話してみました。私も含め、世の中にいる大人もね、子ども時代の延長線上にいてるんですよ。
私もね、社会に出て、仕事とか金銭面でトラブったとか、人間関係いざこざとか、体外あったけど、それもひっくるめ、人生今まで生きてきて、一番つらかった時期って中学時代なんですよね。
生きる世界も限定的やし、経済力ないし。生きてる世界がすごい狭いんですよ。
今はネットあるから、状況変わってるかもしれんがね。

社会はほんまに広いし、その社会を動かしてるルールを知ってたら本当に面白い事ばっかやから、子ども時代ってそれを学ぶ時期だと思うんですよね。

ほんとに死にたいくらい辛くなったら逃げてね。学校休んで、親とか身近に理解してくれる人いなくても、どっかにはあなたのその辛さを理解してくれる大人がいるっていう事は知っておいてほしいのです。

それではまた、お会いしましょう!